五代目店主のブログ|石のさかい
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道ばたの石④|道標|行き先を示してきた石
2026-03-26
カテゴリ:道ばたの石
チェック
道は、迷うためにあるのか
山あいの道を歩いていると、
ふと、立ち止まる場所がある。
道が分かれているわけでもない。
ただ、そこに石がある。
何も語らず、ただ立っている石。
それでも人は、その石を見て、
どこへ行くのかを決めてきた。
行き先を刻んだ石
道標は、行き先を示すための石である。
刻まれた文字は、
ただの案内ではない。
その先に、人の暮らしがあり、
人の営みがあった証でもある。
刻まれた文字は、
ただの案内ではない。
その先に、人の暮らしがあり、
人の営みがあった証でもある。
消えないための選択
木ではなく、紙でもなく、
なぜ石だったのか。
それは、消えないためだ。
風にも、雨にも、
時の流れにも耐えるために。
人は、道を残すために、
石を選んだのだと思う。
なぜ石だったのか。
それは、消えないためだ。
風にも、雨にも、
時の流れにも耐えるために。
人は、道を残すために、
石を選んだのだと思う。
読める文字と、読めない文字
刻まれている文字の一つは、かろうじて読める。
「いつるみち」
だが、正面にあたる面は、ほとんど風化している。
何が刻まれていたのか、
今となっては判然としない。
下の方に、かすかに残る線。
それが、かつて文字であったことだけを伝えている。
風化の要因の一つに、
酸性雨という言葉がある。
だが、この石が据えられた頃、
そんなものが降る時代が来るとは、
誰も想像していなかったのかもしれない。
そして、もう一つ気づくことがある。
この石は、後から据え直されている。
今は台座の上に置かれているが、
本来は土に埋められ、
地面と一体となって立っていたはずだ。
人の手が入り、
位置を変えられ、
形を変えられながらも、
それでも、この石は残っている。
かつて、確かに“どこかへ向かう道”を示していた石として。
読めるものと、読めないもの。
残されたものと、消えていくもの。
そのあいだに、
時間がある。
「いつるみち」
だが、正面にあたる面は、ほとんど風化している。
何が刻まれていたのか、
今となっては判然としない。
下の方に、かすかに残る線。
それが、かつて文字であったことだけを伝えている。
風化の要因の一つに、
酸性雨という言葉がある。
だが、この石が据えられた頃、
そんなものが降る時代が来るとは、
誰も想像していなかったのかもしれない。
そして、もう一つ気づくことがある。
この石は、後から据え直されている。
今は台座の上に置かれているが、
本来は土に埋められ、
地面と一体となって立っていたはずだ。
人の手が入り、
位置を変えられ、
形を変えられながらも、
それでも、この石は残っている。
かつて、確かに“どこかへ向かう道”を示していた石として。
読めるものと、読めないもの。
残されたものと、消えていくもの。
そのあいだに、
時間がある。
石が、順番を決めている
不思議なものだ。
探しても見つからない石がある。
偶然のように出会う石がある。
だが、それは本当に偶然なのだろうか。
石のほうが、順番を決めている。
出会うべきときに、出会うように。
歩くべき道に、導くように。
そう思うことがある。
探しても見つからない石がある。
偶然のように出会う石がある。
だが、それは本当に偶然なのだろうか。
石のほうが、順番を決めている。
出会うべきときに、出会うように。
歩くべき道に、導くように。
そう思うことがある。
道は、どこへ続いているのか
かつて、人は石に行き先を刻んだ。
私も時折、施主さんに尋ねることがある。
何年先まで残したいのか。
その答えによって、
選ぶ石も、彫り方も、変わってくる。
百年なのか。
二百年なのか。
それとも、もっと先なのか。
石は、同じように見えて、同じではない。
残したい時間の長さに応じて、
選ばれるべき姿がある。
道標の石は、何も語らない。
ただ、そこに立っている。
私も時折、施主さんに尋ねることがある。
何年先まで残したいのか。
その答えによって、
選ぶ石も、彫り方も、変わってくる。
百年なのか。
二百年なのか。
それとも、もっと先なのか。
石は、同じように見えて、同じではない。
残したい時間の長さに応じて、
選ばれるべき姿がある。
道標の石は、何も語らない。
ただ、そこに立っている。

